丸山寛修先生のクスリ絵カレンダーは、眺めているだけでも癒される。
大好きなクスリ絵についてはまた別に綴りたい。

クスリ絵カレンダー2024年3月9月に「お彼岸の準備をしましょう」!

初めて知るお彼岸の準備。以下のように紹介されていた。

この期間は、仏様(ご先祖様)のご供養をすることで、仏様が極楽浄土へ行くことができるといわれています。お彼岸の日には、お仏壇や仏具の掃除、お墓の掃除とお墓参り、供花やお供え物をし、仏様があの世でより良い場所へ行けるようにお祈りをします。

1.お墓を掃除する際、お墓の下の段から綺麗にしてゆきましょう。上へ上へとおこなうことで、立ち昇る意味合いがつき、ご先祖様への想いが届きやすくなります。
2.お供え物は験を担ぎ、必ず3の倍数(奇数のみ)用意しましょう。縁起を担ぐ数として、陽数である奇数のお供えをしましょう。昔から「三は栄える数字」と言われ、縁起が良いとされます。(おはぎや牡丹餅を供えるのは豆が邪気を払い場を清める。)
3.お墓の前で、成功体験の話をしましょう。お彼岸は、仏様の供養が目的ですので、お願い事や心配事は別の日にし、この日は、自分が頑張っていることや成功したことを話し、ご先祖様のお陰で成長できたことを感謝して下さい。


引用:「最高の開運」透明先生・著 KADOKAWA



透明先生の「最高の開運」を購入したのは2024年2月。

日本が祖父母から離される核家族化となり半世紀以上になる。
昔は親や地域から学び伝承されてきた年中行事。
年中行事の本当の意味も分からずに子育てしてきたことを反省した。
決して難しい方法ではなくとても大切なことが書かれている。
知ることができとても感激した。

これからは子や孫、子孫、地域、日本のために知って実践し伝承していきたいと切に実感した。

ご先祖様の出世は一族の出世、となれば優秀な一族の名を継ぐみなさんも出世しちゃうのです。どういうことかと言うと、ご先祖様と私達は、今でも強い絆で結ばれて繋がっています。だからこそ、私たちはご先祖様に日頃から守ってもらえるのですが、この繋がりがあることで、ご先祖様があの世で出世し、極楽浄土へ行くことになれば、ご先祖様からの守護の力も上がり、それを受け取るためのみなさんの「運気の器」も大きく成長します。
このことを知っていた大昔の皇族は、一族の繁栄と国の繁栄を願い、盛大に先祖供養を行ったとされています。途中略
本来、極楽浄土へ導かれる方は、悟りを開かれた方のみです。ここで言う悟りは、残された子孫がどれほどご先祖様を敬い、感謝し、その想いを受け継いでいるかで決まります。

引用:「最高の開運」透明先生・著 KADOKAWA


嫁ぎ先は本家であるが夫は三男。お兄さん方がお墓を守ってくださっている。
これまでは家族で行けるときに行く感じであった。

透明先生の「最高の開運」を手引書とし、子どもたちや子孫、親類縁者を照らす存在になると決めた。


著者石黒豊信先生の「十言神呪」から人間は一霊四魂を持つこと、肉体に鎮まる守護霊はご先祖の御霊と知る。

2024年1月。ご先祖様について知りたくなり家系図が気になり出していた。
義理のお母様の三回忌を迎えたあとである。


「クスリ絵」「十言神呪」「最高の開運」これらを少しずつ実践するようになり巡りが良くなっていくこと実感。

2024年3月透明先生流お彼岸お墓参りを義理のお兄さんと共に実施。
その足で初伊勢神宮参拝へ。
伊勢神宮で神棚の神具購入。
単身三島暮らしの自宅へ祀り、朝晩にお祈りを始めた。

2024年3月29日職場へ7月付で退職願を出す。
自分が要であると理解し、夏を目途に家族のもとに戻ることを考える。

パソコンではクリックすると画像が大きくなります。

2024年翌月4月には夫の戸籍謄本からご先祖様が暮らした奈良県大和郡山を歩く。
郡山城の北側だ。
そして城下町も歩いた。


4月上旬は郡山のお城まつり時期であった。

宿泊した天理の中華屋さん「大和軒」は人気だ。
外のベンチで並んでいたときに、ご夫婦で見えた方と談笑。

静岡から来たことを話すと是非「久能山東照宮」へ行かれるようにとオススメしてくれた。
写真はその時に記して下さったメモである。


2024年4月中旬、夫のお兄さんから明治初期からの歴史と家系図をまとめた冊子をいただく。
熟読する。

そこには、ご先祖様が奈良の郡山から藩主のおられる静岡の久能山東照宮に秋の祭典に人力車で参ったと書かれていた。

天理の中華屋さんで久能山東照宮へ行ってみるよう話題になっていたのでとても驚いた!

調べたところ柳澤保申にご先祖様が仕えていたということで、藩主が久能残東照宮の宮司をお勤めされていたことから、秋の祭典に参ったことを知る。

結婚当時ご先祖様が大和郡山城の柳澤藩主に仕えていたと父から聞いていた。
祖父母親族から孫へは言葉少なに語られていた。
歴史はほとんど語られていない。
二人のお兄さんは独身であり夫も含めルーツに関心が薄い。
家系図や歴史から私の取り組みが要であると益々実感。

そして、その年2024年夏に3回久能山東照宮へ参拝することとなる。
久能山東照宮参拝についてはまた別に綴りたい。

明治のご先祖様の鮮明に記された手記から100年以上前の暮らしを知り感銘を受けた。
私も開設したブログが子や親族、子孫ご縁あった方を照らせるようにと願っている。

お気に入りの天理のMoriノGuesthousuから天理教の神殿へ散歩に。
とても立派な神殿であった。
熱心な信者様が参られており背筋の伸びる思いだった。

家系図の冊子を作ってくださったのは、親戚である今は亡きお寺の館長様。
この冊子は我が家の家宝となっている。

2024年8月上旬、亡き館長様の息子様に当たるお寺の長老へ
冊子を読んでの気持ちを綴りお手紙を出した。
有難くお返事を頂戴した。


ご縁を結んでくださった守護霊様、守護神様に心から感謝している。
2024年7月退職を機に私方のルーツご先祖様について調べお墓参りしていくこととした。

投稿者
アバター画像

teruko

マザーテレサの書物に出会い看護師を志し30年勤務。8歳年上のエキセントリックな夫と老犬1匹の穏やかな暮らし。3人の子どもたちが通うシュタイナー学校を通して人智学に触れる。コロナ渦を機に単身三島暮らしを決意。2年9か月の富士山に抱かれた三島暮らし。自然の恵みとかけがえない気付きを得た、そのプロセスと日々の暮らしを綴っていく。   

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)